「三代山田常山展」で急須を堪能 [@アート]
昨日は「三代 山田常山 人間国宝、その陶芸と心」展へ行ってきました。
急須は陶芸サークルで2回ほどチャレンジしているのですが、とても難しい! 技術がないと作れない急須。しかも、更にいろいろな技法が加えられていました。
たくさんの急須を見て、我が家(実家)の急須のことを思い出しました。
父は急須が大好きで、姉が生まれた時、私が生まれた時等、記念に急須を買い求めていました。そして、結構高価な急須を普段から使うように母に言っていて、母は欠いたら困るから・・・とこぼしていたのを思い出します。子供の頃の私にとって、急須は触ってはいけない物でした。
この食器棚は、父と母が結婚した時に求めたのではないかと思われる年代物です。傷だらけですが、私はとても気に入っていて、台所の隅に置かれていたのを今は部屋の中に置いて、一番上の棚に急須を入れています。
私が中国へ行った時に、父にお土産に買ってきた急須(父曰く、これはおもちゃ。左奥2番目)を入れると13あります。私には急須の価値は分かりませんが、たくさんの急須を見て、我が家にも、火襷や模様入りや、手跡の残ったもの等などがあるのを思い出しました。
私自身は、瀬戸物の母が使っていた急須と自作の(と言っても、随分先生に助けてもらった)土瓶を使っています。
実家に戻って片付けを始めた時は、どうしたらよいのか困り果てましたが、今は、ひとまず、同じものは一箇所に集めて置くことにしています。急須の価値は分からないけれど、私にとっては宝物の一つです。
急須は陶芸サークルで2回ほどチャレンジしているのですが、とても難しい! 技術がないと作れない急須。しかも、更にいろいろな技法が加えられていました。
たくさんの急須を見て、我が家(実家)の急須のことを思い出しました。
父は急須が大好きで、姉が生まれた時、私が生まれた時等、記念に急須を買い求めていました。そして、結構高価な急須を普段から使うように母に言っていて、母は欠いたら困るから・・・とこぼしていたのを思い出します。子供の頃の私にとって、急須は触ってはいけない物でした。
この食器棚は、父と母が結婚した時に求めたのではないかと思われる年代物です。傷だらけですが、私はとても気に入っていて、台所の隅に置かれていたのを今は部屋の中に置いて、一番上の棚に急須を入れています。
私が中国へ行った時に、父にお土産に買ってきた急須(父曰く、これはおもちゃ。左奥2番目)を入れると13あります。私には急須の価値は分かりませんが、たくさんの急須を見て、我が家にも、火襷や模様入りや、手跡の残ったもの等などがあるのを思い出しました。
私自身は、瀬戸物の母が使っていた急須と自作の(と言っても、随分先生に助けてもらった)土瓶を使っています。
実家に戻って片付けを始めた時は、どうしたらよいのか困り果てましたが、今は、ひとまず、同じものは一箇所に集めて置くことにしています。急須の価値は分からないけれど、私にとっては宝物の一つです。
2012-02-17 16:46
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コメント(2)
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たくさんの急須ですね。それに土瓶の色がいいですね。羊羹等いっしょにおいしいお茶の時間がもてそうです。
by れもん (2012-02-19 20:40)
手作り土瓶も、なかなかいいでしょう?(笑)
by 森田惠子 (2012-02-19 23:33)